挽歌 「名前のない死者」のため、身命を賭して戦い続けた被災地のある警察官の話。

挽歌 「名前のない死者」のため、身命を賭して戦い続けた被災地のある警察官の話。 メディア・マスコミ・報道

「誠に申し訳ない」

集まった記者を前に、県警幹部と隣に立つ初老の男が深々と頭を下げる。

顔を上げたその男の表情に後悔の色はない。目には強い光が宿っていた。

死者を悼む詩歌

東日本大震災。2万人を超える犠牲者を出した未曾有の大災害。

2万人。死者・行方不明者の合計数だ。

今年の3月時点で15,899人が死亡し、行方不明者は2,529人。この数字だけは毎年つい追いかけてしまう。

「犠牲者の概数は、嫌いだ。約何人じゃない。それぞれに人生がある」

「約何人で省略されてしまう1人は、誰かにとっては大切な1人なんだ」

その男と出会ったのは今から6年ほど前。

仮名でKさん、とでもしておく。

Kさんは定年後も再任用を受けて県警に残る被災自治体の警察官だった。取材に来た新人記者の俺にお茶を出し「もらいものだが食え」とサーターアンダーギーを出してくれた。

大津波で流され、いまだに行方がわからない人たちがいる。

家族は、いまだに供養する遺体すらない。

ただ、その帰りを待ち続けている。

一方で、当時県警には26人分の身元不明遺体が残されていた。きっと身元不明者のうちの誰かだ。

その26人の身元捜査を担当しているのがKさんだった。

「ご遺体の身元特定は、俺らにしかできねえんだ。だからやるしかねぇんだなぁ」

Kさんは事件の現場で出会う刑事たちとは違った。

穏やかで、吸い込まれるような目をしていた。

「たくさん字にするんだぞ。犠牲者への挽歌のつもりで、記事を書けよ」

挽歌。死者を悼む詩歌。

震災は、終わった話なんかではない。

あの日の青果市場

あるとき、Kさんとともに被災地へ出かけた。震災当時、大量の死体を検案した医師を紹介してもらうため、車を走らせた。

道中、遺体安置所だった青果市場に立ち寄った。

「次々遺体が運ばれ続けてな、並べる場所がどんどんなくなってくんだ」

Kさんがぽつりぽつりと言葉を落とす。

3月は刺すような寒さでな。こいつじゃどうにもならん」

羽織っていた県警のジャンパーの襟をぎゅっと握る。

「そこに家族を探して大勢の人がやってくるんだ」

訪れた人々は遺体を1人ずつ確認していく。

祈るような目で、覗き込み、身内じゃないとわかるたびに安堵と落胆の入り混じった表情を浮かべる。

家族を見つけると、大声で泣く人、静かに見つめる人反応は様々だ。

ある女性は、遺体を探すときよりも、見つからないまま安置所を立ち去るときの方が悲しい目をしていた。

「あの人の家族、見つかったんかなぁ。まだなら、見つけてやんなきゃなぁ」

Kさんをふと見る。

ドキッとする。

いつもの穏やかな目ではなかった。

使命感と、悔しさをにじませていた。

「だから、俺はまだここにいるんだ」

ジャンパーに刻まれた県警のマークに触れる。

Kさんはまだ、あの日の青果市場にいる。

遺体の取り違え

Kさんの班は文字通り、執念の捜査をしていた。

DNA型や歯型はやり尽くした。骨格から似顔絵を復元する。津波の動きを分析し、発見場所から流された場所を推測する。

遺品の腕時計を分解する。修理した店の情報を仮設住宅で聞き込み、駐車場のない店と知る。車がなくても通える範囲の行方不明者に絞り込み、家族から試料の提供を受ける。

班が掲げる標語は「挫折禁止」。科学捜査が全盛の現代において、地味で泥臭い戦いを黙々と続けていた。

ある時から話題にあがったものがある。

遺体の取り違え。

震災直後の混乱期、「自分の家族だ」と連れ帰った遺体が別人のものだったケースだ。

身元不明遺体の家族は、すでに別の遺体を連れ帰っているのではないか。

だから、身元不明遺体の家族が見つからない。そして間違って連れ帰られた遺体も、本当の家族が帰りを待ち続けているはず。

身元不明の遺体は、行方不明者だけでなく、死者も捜査対象に変わった。

これまでに引き渡した遺体すら調べ直す。気が遠くなるような作業だ。

それでも、実際に成果が出た。

身元を特定し、家族に引き渡すのは警察の役目だ。どんなに混乱期だろうと別人の遺体を引き渡していたのだから、身元発表時には「震災遺体の取り違え」として関係者への謝罪会見になった。

身元不明の遺体を家族のもとに、取り違えていた遺体は本当の家族のもとに。

記者会見で幹部の隣に立つKさんは、誇らしげにも感じた。

この先

一昨年、内示を受けて俺は県警を離れた。

そして昨年、Kさんの任期は終わった。

全員を家族に返すことは叶わなかった。

しかし、その後も特定は進み、残る遺体は8人だと聞いている。

Kさんの思いは引き継がれている。班員にも、そしてきっと俺の中にも。

「これからお前が生きてるうち、たくさんの死や涙と向き合うだろう。一人一人と誠実に向き合うんだぞ」

今でもその声と、目を思い出す。

優しい瞳の奥には、信念の光を宿していた。

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